大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

仙台地方裁判所 昭和35年(わ)13号 判決

被告人

中村権一 外一名

主文

被告人中村権一を懲役六月に

被告人木村実を懲役四月に

処する。

被告人両名に対し、この裁判確定の日から二年間右各刑の執行を猶予する。

(訴訟費用の負担部分略)

理由

(本件犯行に至る経緯及び犯行前後の事情)

被告人中村権一は昭和三一年八月に全逓信労働組合東北地方本部(以下地本と略称する。)執行委員長に、被告人木村実は昭和三四年八月に同地本青年部長に、それぞれ就任し、それ以来現在まで引き続きその地位にあるものである。

被告人らが属する全逓信労働組合(以下全逓と略称する。)の昭和三三年春における賃上げ斗争において違法な争議行為が行われたとの事由から、同年四月二八日に全逓中央執行委員長野上元ら六名の中央本部役員が解雇されたのであるが、同年七月に新潟で開かれた全逓の全国大会は、右被解雇役員ら全員を再び同役員に選出した。これに対し、郵政省では、解雇されすでに職員たる身分を失つた者を労働組合の役員に選出することは公共企業体等労働関係法第四条第三項に違反するものであり、かような違法な運営を敢てする労働組合との団体交渉には応ずるわけにはいかない、また、右のような被解雇者らはたとえ役員に選出されようとも役員たる資格を有しないものであるから、全逓には組合の代表者として労働協約を締結すべき者がないことになり、このような組合を相手に、本来労働協約の締結を最終的な目標としてなされるところの団体交渉をしても徒労に帰し無意味であるから、全逓との団体交渉を拒否しても不当労働行為とはならないという見解のもとに、全逓との一切の団体交渉を拒否する態度をとり、各郵政局に対しても、それぞれ対応する全逓の各地方本部との団体交渉を拒否するよう指示したので、仙台郵政局においても、その後は、地本との団交を拒否するようになつた。

その頃、東北地方の郵政職員に支給される薪炭手当の額が非常に少く、実際上冬期の暖房に要する経費に鑑みて実情に合わないばかりでなく、北海道地方の職員には相当額の石炭手当が支給されていることと比較しても著しく権衡を失するところがあつたので、その薪炭手当の増額が地本における最も重要な斗争目標となつていて、毎年その増額を当局に対して要求していたのであるが、郵政局側では地本との団体交渉には応じられないという建前をとり、この問題についても交渉に応じようとしないので地本としては、あくまで団体交渉の再開を要求し、薪炭手当の増額の実現を目指して強力な斗争を展開しつつあつた。

昭和三四年度の薪炭手当増額の要求についても、地本は同年七月一三日までの間に再三郵政局に対し交渉を試みたが、郵政局側では、この問題に関し処分権限がないことなどを理由に地本側を満足させる回答を与えなかつたため、遂に地本側は交渉をあきらめ、同月一五日、公共企業体等労働委員会仙台地方調停委員会に対し、仙台郵政局を相手方とし、右要求を調停事項として、調停を申立てるとともに、同月福島県飯坂温泉で開催された地本の大会において、年末手当獲得、二五〇円ベースアツプ仲裁裁定実施などの要求を併せて薪炭手当増額要求斗争を強力に推進するという基本方針を決定した。次いで同年一一月一六、一七の両日仙台市錦町白萩荘において開かれた第一三回地本委員会において、その頃地本としては、右調停申立に対し、前記調停委員会が同年一二月一四日頃調停案を提示するであろうという見透しを得るとともに、これに対し、郵政当局側ではその引き延しを画策しているとの情報を得、組合員らのこの薪炭手当増額問題に対する切実な願いを訴え、同調停委員会にできるだけすみやかに調停案の提示を行うよう働きかけ、かつ郵政当局に対しては、調停案が提示された場合ただちにこれを受諾し、その実現に努めることを求めるための示威運動として同年一一月末頃及び同年一二月上旬頃に、それぞれ地本傘下の各地区から二〇〇名程度の組合員を動員して郵政当局に対し、強力な集団交渉を行うこととし、その実施の日時、規模、方法等の細目は地本執行委員会に一任することを決定し、更に同年一一月二六日に仙台市南町通五番地仙台郵政局六階男子休憩室において開かれた拡大戦術委員会では、同年一二月九日頃を期して郵政当局に対する集団交渉を実行することとし、各地区からの動員者数等を決め、同月七日同局一階地本事務室で開かれた地本執行委員会において、具体的な斗争方法や斗争実施の要領を決定したうえ、被告人中村の名をもつて、地本傘下の全逓各地区本部に宛てて、「地方本部は、一二月九日、一二月一〇日の二日間郵政局に対し強力な集団交渉を実施するので、各地区は組合員を動員して参加せよ。」という地本斗争指令第一号を発した。

かくして、一二月九日午前六時頃、被告人両名ら地本幹部及び宮城地区以外の各地区からの動員者約二五名等が、地本事務室に集結し、ただちにビラ貼りなどの行動に着手し、郵政局庁舎内の入口ガラス戸、各階の階段、壁等に約三、〇〇〇枚もの「薪炭手当調停案実施のため職場斗争を強化しよう。」「三六拒否は団交再開への道完全定退で頑張ろう。」というビラを貼り、呼子を吹き鳴らし掛声をかけながら集団で庁舎内を歩きまわるなど示威行動を展開するとともに、午前七時頃地本書記長川辺忠雄及び被告人木村の両名が人事部管理課長渡辺半五郎のもとへ、仲裁裁定二五〇円ベースアツプ即時実施、非常勤職員の定員化、年末手当二月分支給等六項目の要求事項を記載した郵政局長に対する団交申入書に交渉委員名簿を添えて提出し、団体交渉の申入を行つた。これに対し、同課長は、庁舎内にビラを貼りまわしたり、デモをするような事態の中では団体交渉に応じられない、としてこれを拒否した。

午前七時三〇分頃、郵政局管理者側では、同局庁舎の管理をつかさどり、かつ警備責任者となつている疋田建築部長を中心に協議した結果、デモ隊に解散を命じ構外へ退去させるべき時期が到来したものと認め、同部長名をもつて、被告人中村宛の、「庁舎内はもちろん構内におけるデモ坐込みはみとめない。直ちに構外に退去を命ずる。」と記載した退去命令書を作成し、これを同被告人に手交するため、同部長がこれを携え、建築部管財課長遊佐勇吉ほか数名の管理者側職員と共に前記地本事務室に赴き、入口のドアをノツクしたのみで室内からの応答を待たずに入室したところ、同被告人が「何しに来た。」と怒鳴り、両腕を組んだ姿勢で同部長を押し出すようにしたので、同部長もその権幕に恐れをなして室外に退去した。(本件判示第一の事実はこのときに発生したものである。)被告人中村はその後も管理者側の入室を頑強に拒み、面会の求めにも応じないので、疋田建築部長も退去命令書交付の目的を遂げないまま引き揚げざるを得なかつた。

午前九時三〇分頃、仙台逓信病院前に集結した全逓宮城地区からの動員者約二〇〇名は、前記川辺の指揮の下に行動を開始し、仙台郵政局の正面玄関より入り、地本事務室から出てきた宮城地区以外の各地区からの動員者と合流したうえ、ワツシヨイワツシヨイと掛声をかけて気勢を上げながら、三階ホールに達し、各事務室などで示威行動をなした後三階人事部長室前の廊下及び三階ホールに坐りこんだ。

午前一二時過ぎ頃、被告人中村及び前記川辺の両名は、渡辺管理課長席に現われ、同人に対し、郵政局長との会見を申入れたが、同課長はこれを拒否し、双方押問答の末、午後一時過頃同課長のとりはからいで被告人中村は右川辺及び全逓宮城地区本部執行委員長渡辺教義と共に人事部長室に入り、林信男人事部長に対し、重ねて郵政局長との会見を要求したが、同部長はこれを拒否し、約一時間押問答がくり返された末、双方の意見が対立したまま一致を見ないので、同部長は、これ以上話し合つても無駄だと判断し、被告人中村らに対し、交渉を打ち切る旨告げて座を立ち、自席にもどつた。そのため、同被告人らは憤慨し、「どうしても会わないなら力で会うぞ。」「これでも会えないというならもつと沢山動員するぞ。」などと云つて激しく同部長に迫つた。

一方、廊下で待機中の被告人木村ら約二〇〇名のデモ隊は、人事部長と被告人中村との交渉の結果を待つていたが、相当時間が経過しても格別の動きが見られないので、交渉不調と見てとり、焦操にかられ、組合員の中から直接交渉に加わろうという声が強くなり、同日午後二時三〇分頃、被告人木村、全逓宮城地区本部の大内、馬場両執行委員が中心となり、各地区からの動員者及び在仙支部の代表など数十名が、管理者側の制止もきかず人事部長室内に乱入し、人事部長席をとりかこみ、林人事部長ら管理者側職員の再三の退去要求にもかかわらず、同人が団体交渉に応じないのは不当であると非難して同部長に激しく詰め寄り、同人を罵倒し、しあわせの歌を合唱するなどして気勢を上げながら、午後四時頃までの間三回にわたり、同部長の周囲を廻り示威行動を行つた。(本件判示第二、第三の事実はこの間に行われたものである。)

(罪となるべき事実)

第一、被告人中村は、昭和三四年一二月九日午前七時三〇分頃、仙台郵政局一階地本事務室において、折から公務員である同局建築部長疋田与吉(当時五十三歳)が、前記のとおり数名の管理者職員と共に同室に入つて来て、同被告人に退去命令書を手交しようとしたので、これを室外に押し出した後、同部長が同事務室前廊下で同行の職員らと善後策を協議中、同室より廊下に現れ、同人に対し、「まだいやがるのか。」などと云いながら、やにわに同人の面前で木製椅子を両手で持ち上げて床を叩き、更につづけてその椅子を床に打ちつけながら同人の身辺に迫るという暴行を加え、もつて同人の職務の執行を妨害した。

第二、被告人両名は、同日午後二時三〇分頃より、同郵政局三階人事部長室において、同室の管理権者である林人事部長らから前記のとおり退去するよう要求されたにもかかわらず、他の組合員およそ四〇名と互いに意思を共通にし、被告人中村において午後三時三〇分頃までの間同室より退去しなかつた。

第三、

一、被告人両名は同日午後三時頃より午後三時三〇分頃までの間、右人事部長室において、他の組合員四〇数名と共に互いに意思を共通にし、同人事部長の周囲を取り巻いたうえ、多衆の威力を背景として、口々に、同人に対し、「馬鹿野郎」「貴様それでも人事部長か。」「貴様の正体はわかつているぞ。権力をかさにきて我々をいつでもこうして弾圧するんだ。」「お前は東北人じやないので東北のことは判らないから部長をやめろ。」「死に際が悪いぞ。」「どうして会わせないんだ。会わせたらすぐ帰るよ。」「貴様は大学出だと思つて威張つているのか。」などと怒号して罵詈雑言を浴びせ、その間被告人中村も、拳で同部長の机を叩きながら「部長に誠意がないからこういうことになるんだ。局長に会わせろ。」と怒号して詰め寄り、更に、「さつぱりわけのわからない部長だ。首ばかり振つて野ウサギみたいな面をして。」「返事のへの字もないなら少し気合いを入れてやれ。」と面罵し、被告人木村もまた、「おれは気が短かいんだからやつちまうぞ。」などと怒号し、かつ、被告人木村をはじめ一〇数名の組合員らが共同して、二回にわたり、一列にスクラムを組み、事務机の自席に着席している同部長の周囲を輪状に取り巻き、被告人木村が呼子を吹き鳴らし、他の者が掛声をかけて気勢を上げつつ、各回およそ三、四分間宛、同部長の周囲をまわり、同部長の腰かけている椅子と背後の書棚との間の狭い間隙を通過する際、組合員らの身体をもつて同部長の背中、肩、膝などを押しつけ、椅子もろとも揺り動かし、あるいは同部長の身体を小突くなどし、多衆の威迫と異常な気勢とによつて、同部長をして、いかなる危害に及ぶかしれないと畏怖させ、もつて、多衆の威力を示し、かつ多数の者が共同して暴行及び脅迫をなし、

二、被告人木村は、右二回にわたる暴力行為の後、更に、同日午後四時頃、同室において、四〇数名の組合員らと意思を共通にし、多衆の威力を示しそのうち約一〇数名の者と共同して、同部長に対し、約三、四分間、右同様の状況で同部長の周囲をスクラムを組んでまわりながら同部長に対し暴行を加えた。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

被告人中村の判示第一の所為は刑法第九五条第一項に、判示第二の所為は同法第一三〇条後段、第六〇条に、判示第三の(一)の所為は暴力行為等処罰に関する法律第一条第一項に該当するが、以上は刑法第四五条前段の併合罪であるから、右各罪につきいずれも所定刑中懲役刑を選択したうえ、同法第四七条本文、第一〇条により犯情の最も重いと認められる判示第三の(一)の暴力行為等処罰に関する法律違反の罪の刑に法定の加重をした刑期範囲内で同被告人を懲役六月に処する。

被告人木村の判示第二の所為は刑法第一三〇条後段、第六〇条に、判示第三の一及び二の各所為は包括して暴力行為等処罰に関する法律第一条第一項に該当するが、以上は刑法第四五条前段の併合罪であるから、右各罪につきいずれも所定刑中懲役刑を選択したうえ、同法第四七条本文、第一〇条により犯情が重いと認められる判示第三の暴力行為等処罰に関する法律違反の罪の刑に法定の加重をした刑期範囲内で、同被告人を懲役四月に処する。

なお諸般の事情を考慮し、被告人両名に対し、刑の執行を猶予するのを相当と認め、刑法第二五条第一項第一号により、この裁判確定の日から二年間右各刑の執行を猶予する。

訴訟費用については、刑事訴訟法第一八一条第一項本文、第一八二条に従い主文第三項掲記のとおり、被告人両名に負担させる。

(弁護人らの主張等に対する判断)

第一、判示第一の公務執行妨害罪の成否について。

一、公務執行の適法性

弁護人らは、疋田建築部長の職務執行が適法性を欠くものであると主張し、その理由として、同人には、組合事務室内に居る組合員等を退去させる権限がないこと、本件における退去命令は地本の正当な団体交渉を拒否するためになした不当労働行為であつて庁舎管理権の濫用であること、退去命令の内容及び対象が不明確であること、退去命令書を手交するということは退去命令の伝達方法として手段の相当性を逸脱した違法があること、を挙げている。

公務員の職務執行が適法であるというためにはその行為が公務員の抽象的職務権限に属し、かつ、具体的権限があるものでなければならないわけであるが、郵政事業特別会計規程第一一篇固定資産第七条、第一〇条、仙台郵政局警備並びに防火細則(昭和二八年八月一八日仙台郵政局長達第四一号)第二条によれば、仙台郵政局においては、建築部長が、固定資産保存官吏として郵政局庁舎の維持、保存、運用に関する事務を分掌することとし、かつ同庁舎の警備責任者とされているのであつて、結局建築部長が郵政局庁舎の管理の実際の責任者として、いわゆる庁舎管理権を行うこととなるのであるが、庁舎の管理ということは、改築、修繕、整備等庁舎の物的状態の保存のみに限られるものではなく、その内部における秩序を維持し、庁舎の公用に支障のないようにすること(警備という語はもつぱらこの点に関するものである。)をも含むものと解すべきであるから、庁舎内において秩序を乱す行為をする者がある場合にこれを庁舎外に退去させることも庁舎管理権の一作用として建築部長の抽象的職務権限に属するものであることは明らかである。

本件において、疋田建築部長が被告人中村に手交すべく地本事務室に持参した退去命令書は、全逓東北地本執行委員長中村権一宛で、「庁舎内はもちろん構内におけるデモ坐込みはみとめない。直ちに構外に退去を命ずる。」との文言が記載されているものであり、その文書の記載自体では弁護人らも指摘するとおり何人を対象とするものか明確を欠く嫌いがないではないが、証人疋田与吉の証人尋問調書(昭和三六年八月二日取調分)、証人遊佐勇吉の当公判廷における供述、右退去命令書の記載などを綜合すれば、右退去命令書の趣旨は、地本の代表者であり、かつ当日の団体行動の統卒者としての地位にある被告人中村に対し、同被告人の統制下にある全逓組合員らによる郵政局構内におけるデモ坐りこみ等の示威行動を禁止する旨の一般的警告と、当時すでに現実に庁舎内においてデモ坐りこみ等の行動をなし、退去命令持参のときには地本事務室に入つていた被告人中村を含めた動員組合員に対して即時構外への退去を命ずることにあつたことが認められ、またその趣旨は、右退去命令書の内容と当時の具体的状況によつて何人にも容易に理解され得るものであるから多少の内容の不明確さはあつたにしても、退去命令書を違法としなければならない程の瑕疵とはいえない。ただこの場合、デモ行為禁止の一般的警告には問題がないとしても、地本事務室内にある組合員等に対してまで組合事務室からも退去させる権限が建築部長にあるか、換言すれば建築部長の有する庁舎管理権が地本事務室内にも及ぶか否かという疑問が当然生ずるであろう。弁護人らは、この点について、地本の有する使用権限は、労働組合法第七条第三号但書及びこれを受けた郵政省就業規則第一七条に法的根拠を有する私法上の使用貸借に基づくものであると主張するのであるが、労働組合法第七条第三号但書は、同条第三号本文が、使用者が労働組合の運営のための経費の支払いにつき経理上の援助を与えることを不当労働行為として禁止しているため、最小限の広さの事務所の供与は使用者の労働組合に対する不当介入と見る必要がないという趣旨から、使用者が組合事務所の供与という経理上の援助を与えたとしても不当労働行為にならないとするにすぎないものと解されるのであつて、これにより使用者が労働組合に対し事務所を供与することを義務づけられるわけのものではないし、まして、組合事務室の使用権限の法的性質がこの規定によつて決定されるわけではなく、それはあくまでそれぞれの使用関係の実態に基づいて決せられるべきものである。また郵政局管理者側証人例えば建築部管財課長遊佐勇吉の証言では国有財産法第一八条が、国有財産について私権の設定を許さない旨規定していることを根拠として、私法上の使用貸借ではなく、単なる行政許可と考え、従つて、郵政当局の有する庁舎管理権が当然地本事務室内にも及ぶと考えているもののようである。しかし、行政許可という言葉は、一般的不作為義務を特定の場合に解除する行政行為を意味するのであるが、これを郵政局庁舎のような公物の使用許可についていえば講学上公物の特別使用あるいは許可使用と呼ばれる場合にあたり、一般には制限禁止されている、公物の自由使用の範囲を超えて使用することを、特定の場合に許可することを指称し、その例として、国、公立の学校構内に特定人を参観させるため入構を許可する場合などが挙げられていることからわかるように、単に事実上の使用を適法ならしめるだけで、その使用をなす権利が与えられるものではない。ところが地本の事務室の使用は、長期間継続して独占排他的に使用するものであるから、これを右に述べたような特別使用の場合と見ることができないことは明らかであつて、私法上の使用貸借か、さもなくば公物上に特定人のために特別の使用権を設定する、いわゆる公物使用権の特許、すなわち特許使用の場合であると考えるべきものであり、本件においては証拠上そのいずれとも確定し難いのであるが、いずれにしても使用権限に基く使用であることには変りなく、仮に後者であるとしても、その実質的内容は使用貸借と殆んど差異はない。そして単に事実上の使用を認められるというだけのものではなく、使用権にもとづいて継続的かつ独占排他的に使用するものである以上その部分についての管理殊に内部秩序の維持という主として対人的な意味での管理はその使用権者に委ねられているものであり、その内部にある者に対しては原則として本来の公物管理権者の管理権は及ばないと解すべきであるが、本件のように、集団交渉における示威行動のため特に動員されてきた組合員等が早朝より庁舎内で管理者側の制止警告を無視してビラ貼りや集団的示威運動を行い庁舎内の平穏を乱し執務上の支障となる行為に及んだ場合にはたとえその後一時地本事務室内に引揚げたとしても、諸般の情況から、そのまま組合員等が組合事務室に留まることを放置するときは更に同じような行為を反覆継続し、庁舎内の秩序を壊乱するおそれのあることは明白であり、このような場合はもはや地本事務室内だけの問題に止まらず庁舎全体の秩序に影響を及ぼすものであるから、庁舎管理権に基いてこれを排除できると解すべきであり、従つて疋田建築部長においても地本事務室内にある組合員に退去を命ずべき具体的権限を有していたものということができる。なお、弁護人は、単にデモや坐込みに参加するおそれがあるという主観的判断に基づいて組合事務室で組合業務を行う者に対してまで退去を求める権限はないと主張するが、右退去命令は当日の団体行動に直接関係のない日常の組合業務にのみ従事する者を対象としているものでないことは明白であるから右主張は理由がない。また、手段の相当性を逸脱するから違法であると主張するが、退去命令を通告する権限がある以上、それをどのような方法で相手方に伝達するかは当該公務員の裁量により、特に不法なものでない限り最も適切な方法を選べばよく、本件において他に口頭、電話等による方法が考えられるからといつて、退去命令書の手交という方法があながち不当なものとはいえないし、これを違法な職務執行として格別非難するには当らない。弁護人らの主張は独自の見解にもとづくものであつて賛成し難い。また、本件退去命令が団交拒否の目的でなした不当労働行為であつて、庁舎管理権の濫用であるというが、疋田建築部長ら管理者側の目的がそのようなものであつたとは認められないし、その他庁舎管理権の濫用であると認められるような事実もないので、この点も理由がないものというべきである。

以上のとおり、疋田建築部長が、被告人中村に対し、本件退去命令書を手交するという行為自体は適法な職務の執行ということができる。

二、正当防衛の主張について。

弁護人らは、被告人中村が疋田建築部長を退去させた行為は正当防衛行為であると主張する。本件公務執行妨害の公訴事実には、被告人中村の行為として、最初疋田建築部長が地本事務室に入つてきたところを室外に押し出した行為と、同人が一旦廊下へ出た後、椅子を床に打ちつけて暴行を加えたという二つの行為が掲げられているので、その各々について正当防衛の成否を検討する。

証人疋田与吉の証人尋問調書(昭和三六年八月一日及び同月二日各取調分)、証人遊佐勇吉及び同小幡清五郎の当公判延における各供述、裁判所の検証調書によれば、疋田建築部長は、遊佐管財課長らと共に地本事務室前に到り、同課長が先づ入口ドアをノツクし、これに対する室内からの応答を待たずに疋田建築部長、遊佐管財課長、小幡同課長補佐の順で入室した事実、当時同室の入口ドアの脇の見易い位置に、「無断官憲の入室を禁ず。全逓東北地方本部」と書かれたかなり大きな貼紙があつたこと、疋田建築部長らもこの貼紙に気付いていたが、庁舎管理権に基づいて、地方事務室内にも許諾なしに立入ることができるという考えのもとに入室したこと、が認められる。建築部長が庁舎管理権に基づいて、地本事務室内の者に対しても退去を命ずることのできる場合があることは前述したとおりであるが、そのことからたゞちにその場合には他人の占有使用している部屋にその者の意思に反してでも強制的に入室することができるということにはならない。本件地本事務室は前述のとおり、地本が使用権限に基づき長期間継続して独占排他的に使用し、組合事務を行つているものであり、それはやはり特定の者の私的な生活関係であつてその住居の平穏は他人が濫りに侵害することの許されないものであり、本来の公物管理権者といえども他人の私的生活の自由を侵害する権利を当然に有するものではなく、このことは、私法上の賃貸借もしくは使用貸借の場合貸主といえども借主の意思に反してその家屋に立入ることが許されないのと異るところはない。

本件の場合入口ドア脇に掲げられた前記貼札によつて、地本組合員が郵政局管理者側職員の入室を拒絶する意思は明らかに表明されており、これを認識しながら敢て無断入室する行為は住居侵入罪の構成要件に該当する違法な行為と云わなければならない。検察官は、この点につき、社会通念に照し、面会のための入室の承諾を予想したうえでの行為として是認されるべきものであると主張するが、このように労働組合の斗争実施中で労使双方とも緊迫した対立状態にあり、しかも右のような官憲の無断入室を禁ずる旨の掲示があるときに入室の承諾を予想すること自体社会通念に反するものと云わざるを得ないから、このような考え方は首肯できない。従つて、疋田建築部長が組合事務室の中に入つた行為は不法な侵入として、急迫不正の侵害というべきであるから、それがたとえ公務の執行としてなされたものであつても、本件のような状況下においてのこれに対する反撃は正当防衛として是認されるべきものである。被告人中村が疋田建築部長を押し出した行為は防衛の意思でなされたものであり、防衛の程度を越えたものとも考えられないから、正当防衛の要件をすべて備えており、違法性を阻却されるべきものということができる。(なおこれは一罪の一部にあたる事実であるから特に主文において無罪の云渡はしない。)

疋田建築部長が廊下へ押し出された後は、不法侵入は排除され急迫不正の侵害は去つたのであり、その後同人等は同行の管理者側職員と共に善後策を協議しているだけで、再度入室を強行しようという決意もなく、そのような行動にも出ていないから、急迫不正な侵害は存在せず、従つて正当防衛が成立する余地はない。疋田建築部長の右のような状態が職務の執行中と認められること、同建築部長の面前において被告人中村の椅子を持ち上げ、これを床に打ちつける等の行為が公務執行妨害罪を構成する暴行にあたることについては多言を要しないところであり、この点については公務執行妨害罪の成立を認めることができる。

第二、判示第二の住居侵入(不退去)罪の成否について。

弁護人らは、被告人中村について不退去罪が成立しない旨主張し、その理由として、林人事部長ら管理者側のなした退去要求は、労働組合の団体行動権に対する侵害行為すなわち不当労働行為であるから効果がない。また、仮にそうでないとしても、それは組合に対する単なるかけ引きもしくはゼスチユアにすぎず、退去要求の真意に出たものではない。人事部長室は常時団体交渉のために使用していたのであるから、一方的な団体交渉打ち切り宣言によつて即時退去しなければならない理由はない。交渉相手の一方的打ち切りに対し、引き続き団体交渉を要求し話し合いを続けるということは憲法第二八条の団体交渉権の行使であつて正当な行為である、という。

労働組合に団体交渉権があり、使用者に団体交渉に応ずる義務があるといつても、団体交渉権の行使が無制限に許されるわけではなく、交渉の人数、目的、場所、時間、態度など社会通念上相当と認められる態様でなされなければならない。従つて、集団交渉の名のもとに不必要に多数の人数をもつて事実上威圧的雰囲気を作り出し、交渉相手を吊し上げたり、暴力的な態度に出るときはもはや正当な団体交渉とはいえない。また、使用者としても労働組合が納得するまでいつまでも交渉に応じなければならないものではなく、相当の時間話し合つてもなお双方の意見が対立したまま一致せず、妥協の余地がないことが明らかとなつたときは、使用者の方で一方的に団体交渉を打ち切つたとしても団結権の侵害とはいえず、従つて不当労働行為とはならない。ただこのような場合、組合側においてまだ交渉妥結の希望を捨てず、なお暫くその交渉場所に留つて引き続いて交渉を行うよう平和的な方法で相手方に対し説得を続けることは許されるべきであり、従つて使用者が交渉打ち切りと同時にその場所からの退去を要求したからといつて、ただちに不退去罪が成立するというものではない。しかし、その限度を越えて、あくまで退去を拒み、長時間にわたつてその場所を去らないときは、当然不退去罪が成立する。本件の場合、団体交渉の申入の諾否についての交渉であつて団体交渉そのものとはいえないけれども、右に述べたところはそのまま本件の場合にも当てはまることである。本件では、林人事部長は被告人中村外二名が人事部長室に入つてから約一時間局長との団体交渉の諾否について話し合つたがどうしても被告人中村らの納得を得るに至らず、遂にそれ以上交渉を続けても妥協の余地はないと考えて交渉を打ち切つたものであり、そのときまでの斗争の経過や当時の具体的状況等諸般の事情に鑑みても、それが労働組合の団結権に対する不当な侵害であるとは考えられない。しかも被告人中村らは、平和的方法で説得を続けるのではなくして、偶々不法に人事部長室に侵入した多数の組合員と相呼応して後述のように暴力的な行動に及んだものであり、このようなことはもはや正当な団体交渉権の行使とはいえず、従つて使用者の方でもこれを受忍しなければならない義務はないから、被告人中村らにその場からの退去を要求することは正当である。その退去要求が弁護人らのいうように真意を伴わないものとはいえないことは証拠上明白であり、また、人事部長室が団体交渉の場所として使われていたといつてもそれは事実上同室が団体交渉の場所として提供されていたにすぎず、被告人中村らに同室の使用権があるものではないから、団体交渉が終了した以上当然退去すべきものである。従つて、林人事部長以下管理者側の職員による再三の退去要求にもかかわらず、午後二時三〇分頃より午後三時三〇分頃までの間同室より退去しなかつた行為については不退去罪の成立を認めないわけにはいかない。

被告人木村については、他の多数組合員と共に人事部長室に乱入したときに住居侵入罪が成立するので、その後同被告人自身が退去要求に応ずることなく同室に留まることはすでに成立した住居侵入罪の結果にすぎず、不退去罪として独立に処罰されるべきものではないが、被告人中村らの不退去の行為について、同被告人らと意思を共通にしていたものと認められるから、被告人中村らの不退去罪につき共同正犯としての責任を負わなければならない。

第三、判示第三の暴力行為等処罰に関する法律違反の各事実の成否について。

一、脅迫行為の存否

第六回公判調書中証人渡辺半五郎の供述記載、第九回公判調書中証人兵藤忠松の供述記載、第一二回公判調書中証人安達正二、及び同日下勉の各供述記載、第一三回公判調書中証人三浦新八の供述記載、第一四回公判調書中証人遠藤忠夫の供述記載、第一六、一七回各公判調書中証人鈴木利久の供述記載、証人林信男の証人尋問調書(昭和三六年八月三日取調分)などの証拠を綜合すると、判示第三の一の事実記載のとおり、被告人両名をはじめ、他の組合員らが口々に、林人事部長に対し、極めて粗暴で侮辱的な言葉をもつて、罵詈雑言を浴びせた事実を認めることができるのであるが、これらの言葉のうち、被告人木村が発した、「おれは気が短かいんだからやつちまうぞ。」という言葉は、それだけで害悪の告知を内容とし、脅迫行為にあたるものということもできるが、その他の発言は、いずれも、その個々の言葉だけを取り出してみれば、それだけで害悪の告知を内容とするものではなく、単なる粗暴な言辞としかいえないものであり、このような粗暴な言辞もそれだけでは何ら罪となるものではない。しかし、本件の場合、同人事部長に対する示威行動として、多数組合員らが、多人数の集団が作り出す威圧的な雰囲気の中に、同部長の周囲を多人数で取り巻いて口々に右のような罵詈雑言を浴びせ、かつ、前判示のとおり、スクラムを組んで同部長の周囲をまわるいわゆる洗濯デモと称する示威行動をなしたものであり、約一時間の間多数の組合員らによつてなされたこれら一連の行動は、相合して全体として、異常な気勢と威迫感を作り出し、その集中的な攻撃の対象となつた同人事部長をして、身体及び自由にどのような危害が及ぶかもしれないという不安を与え畏怖するに至らしめたもので、組合員らの意図もまさにそのような効果を狙つたものと認められ、これら一連の行為をもつて全体として、多数組合員らによる脅迫行為を形成しているものと見るべきである。従つて、その間に行われた個々の行為を取り上げてそれが脅迫行為の程度に達していないからといつて、被告人らの所為が脅迫行為にあたらないものと即断すべきものではない。

二、暴行行為の存否

証人林信男の尋問調書、(昭和三六年八月三日取調分)、第一三回公判調書中証人三浦新八の供述記載、第一四回公判調書中証人遠藤忠夫の供述記載、第九回公判調書中証人兵藤忠松の供述記載、第一二、一三回各公判調書中証人安達正二の供述記載、第一六同公判調書中証人鈴木利久の供述記載、証人鈴木利久の当公判廷における供述、第一二回公判調書中証人日下勉の供述記載を綜合すると、判示第三の各事実記載のとおりの事実を認め得るのであるが、そのため組合員が林人事部長の背後の壁と椅子の間を無理に通過しようとするにあたり、組合員の身体が椅子の背中にぶつかり、前方に押しつけるようになるので、その都度林人事部長の体が前後左右に揺れ、同人の膝頭が机にぶつかり、あるいは椅子が向きを変えて不安定になるので、同人は一方の手で椅子を支え、他方の手を机にあてて自己の身体を支えていなければ体の安定を保つことができないような状態にあつたのである。裁判所の検証調書によれば同人事部長の机と背後の書棚との間隔は約一メートルであり、その間に幅七〇センチの椅子が入るので、同人事部長の背後の人が通過し得る間隙は僅かに三〇センチ程度であるから、このような狭い間隙を無理に通過しようとすれば椅子に腰かけている林人事部長の身体に右のような有形力を加える結果になるということは当然認識され得べきものということができ、従つて、同人事部長の周囲をまわつた組合員らもそのことを認識しながら敢て行つたものと認められ、その行為自体暴行行為にあたるものである。また、組合員の中には殊更に膝などで同人事部長の体を小突いた者があつた事実も認められる。これらは同人の身体に対し直接不法な有形力を加えるものであつて、暴行にあたる行為ということができる。

三、右暴行行為に対する被告人らの関係

林人事部長に対する暴行行為は判示のとおり三回にわたつてくり返されたデモ行為として行われたものであるが、この三回のデモに、被告人木村がスクラムを組み呼子を吹くなど音頭をとつて直接参加していたことは証拠上明白であるが、被告人中村については、弁護人ら及び同被告人は、右三回のデモが行われる間同被告人は人事部長室にいなかつたから、関知しないと主張し、弁護人ら申請の組合側証人も一致してこれと同趣旨の供述をしているので以下この点につき検討する。

三回にわたつて行われた人事部長に対するデモ行為のうち、第三回のデモの際に被告人中村が人事部長室にいなかつたことは証人兵藤忠松、同三浦新八の前掲各供述記載、証人林信男の前出証人尋問調書が一致しているうえ、第一六、一七回各公判調書中の証人鈴木利久の供述記載の他は、第三回目に被告人中村が在室した旨供述する者がなく、後述の、同被告人が人事部長室を出た時間的関係からいつても、少くとも第三回のデモ当時は同被告人が不在であつたものと認めざるを得ない。証人鈴木の右供述記載は、回数を誤つた記憶によるものと思われ、信用できない。また、第一回目のデモのときについても証人鈴木の右供述記載のみが同被告人の在室の事実を認めているほか在室の事実を認めるに足る証拠はなく、むしろ証人林、同遠藤、同三浦等否定する証拠が多い。ところが第二回のデモについては、証人林信男の前出証人尋問調書と証人遠藤忠夫の前出供述記載が、同被告人の在室の事実を認めており、在室を否定する証拠はない。このように、管理者側の証人においても各回毎についてみれば同被告人の在否に関する供述は区々であつてにわかに確定し難いところであるが、ただそれが何回目のデモの際であつたかはさておき、デモ行為の際に同被告人が在室しているのを目撃している証人が三名あることに注意しなければならない。更に、第一回のデモと第二回のデモとの間に、同被告人が同人事部長に対し、「会わないということを一筆書きなさい。」と迫つた事実(第九回公判調書中証人兵藤忠松の供述記載)、第二回のデモのあと、地本書記長川辺忠雄と被告人木村の両名が、人事部長の傍にいた考査係長遠藤忠夫に対し、「あんたがここにいては具合が悪いから。」と云つて、同人の腕を引つぱつてデモの輪の外に出した事実(証人遠藤の当公判廷における供述及び第一四回公判調書中同証人の供述記載)、人事部長の腰かけている椅子がデモのため向きを変え同部長の体が危く見えたので、右川辺忠雄が「これは危い。」と云つてもとの位置にもどした事実(証人遠藤忠夫の当公判廷における供述及び第一四回公判調書中同証人の供述記載)、右遠藤忠夫が第二回デモのあと人事部長室を出るとき、同人の正面に被告人中村を見た事実(同証人の当公判廷における供述)、第二回のデモの際、同被告人が「何も黙つて答えないからデモでもやろう。」と云い、同被告人が音頭をとつてデモがはじまつた事実(証人林信男の前出尋問調書、第一六、一七回各公判調書中証人鈴木利久の供述記載。但し、同証人が第三回のデモの際というのは誤であろう。)、第一回のデモの終つたあと、疋田建築部長が人事部長室に入り、組合員らに、同室より退去するよう呼びかけたところ、同被告人が「これにも洗濯デモをかけろ。」と指示し、居合わせた組合員ら同建築部長をとりかこんで室外に押し出した事実(証人林信男の前出尋問調書、証人疋田与吉の証人尋問調書(昭和三六年八月一日及び同月二日各取調分)、第九回公判調書中証人兵藤忠松の供述記載、第一四回公判調書中証人遠藤忠夫の供述記載)がそれぞれ認められ、これらの事実を綜合すると、同被告人は、人事部長に対するデモがはじまつた後も人事部長室にいたことは明らかである。(弁護人らの主張及び同被告人の供述によれば、同被告人は前記川辺とともにデモのはじまる前に人事部長室を出て、デモが終るまで同室に入らなかつたというのであるから、右川辺がデモ中に在室した事実は、同時に同被告人の在室の事実をも示すものである。)従つて、同被告人が本件デモの行われたときには全然人事部長室にいなかつたという主張は事実に反するものといわざるを得ない。そして、前掲各証拠によれば最初のデモがはじまつたのはおそくとも午後三時頃であること、同被告人が人事部長室を出たのは午後三時三〇分頃であり、同被告人が前記川辺らと人事部長室に入つた後、同室を出たのはこの一回だけであること、第三回のデモが行われたのは午後四時に近い頃であることが認められ、これに、前述したとおり、第二回のデモのとき同被告人が人事部長室内にあつたことを明言している証人があることを考えれば同被告人は第一、二回のデモの際には人事部長室に在室し、その後第三回のデモの前に同室を出たものと認めるのが相当である。そして、同被告人が第二回デモの音頭をとつた事実、疋田建築部長にもデモをかけることを命じた事実が認められることは前述のとおりであり、その他、同被告人が、組合員らから信服されており、地本は極めて統制力の強い組合であつて、組合員らが同被告人らの指示に背いて統制外の行動に出ることは考えられず(証人大出俊の当公判廷における供述)、従つて同被告人が制止すれば当然本件デモを抑止し得た筈であるのにこれを制止した形跡が全くなく、むしろ容認していたものと認められることなどから推して、右第一、二回のデモについては、同被告人も意思を共通にしていたものであることは明らかであり、その共同正犯者としての責任は免れることができない。

四、正当行為及び期待可能性に関する主張について。

弁護人らは、林人事部長室に対する右デモ行為が、同人の団体交渉権を否認するかの如き態度に反省を求め、その権利擁護のためになした正当な示威行動であると主張する。労使間で意見が対立した場合に、労働者が、自己の主張を強力に表明し、相手方に反省を求め、自己の見解に同調させる手段として、相当の示威的行動に出ることは許されるべきことである。このような示威的行動も広義において争議行為の一つと考えることができ、労働者の団体行動権として認められるべきものであるが、もとよりその無制限な行使が許されるものではなく、示威的行動が不法な脅迫行為や暴力を伴う場合には正当な団体行動権の行使の範囲を逸脱するものといわなければならない。弁護人らは団結権が認められている以上集団の威力を示すことは当然適法であると主張するもののようであるが、それは、労働者の団結により結集された労働力の経済的社会的威力を背景として交渉等を行うということであつて、多人数の集団それ自体が作り出す事実上の威圧的雰囲気によつて相手の意思を圧迫することが認められるわけでなく、まして、暴力によつて自己の主張の貫徹をはかることが是認されるものではない。本件の場合も前述のような不法な脅迫行為や暴力行為に及んだ点において、すでに正当な示威行動の限界を逸脱したものというべきであり、その他本件犯行に至る経緯、具体的諸事情に鑑みても、被告人らの所為が正当行為として違法性を阻却されるべきものとは考えられない。

また、弁護人らは、当時の状況において、被告人らに本件行為を回避することは不可能であり、適法行為に出る期待可能性がなかつた旨主張するが、当時の具体的状況に照し、本件のような所為に出ることを回避し得なかつたものとは認められないから弁護人の主張は採用しない。

なお、弁護人らは、労働組合の団体行動に対しては暴力行為等処罰に関する法律を適用すべきでないと主張するが、これに対しては同法が労働組合の団体行動にも適用されるべきものであることは最高裁判所の判例(昭和二九年四月七日刑集八巻四号四一五頁)とするところである。

(裁判官 佐々木次雄 阿部市郎右 高橋史朗)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例